2011年8月16日火曜日

アンドレ・プレヴィン 思い出話 2

もう一つだけ。


 「いつも上天気」でプレヴィンは、作曲とオーケストラの指揮を担当してい。完成後、MGMはマスコミを集め、(サルバーグ・ビル?)地下の映写室で試写会を行った (この映写室は椅子の座り心地がとても良く、「二流客船の一等ラウンジくらい」???だったという)。
 集まったのは、ライフ、タイム、ニューズウイーク、ルック、ニューヨーク・タイムズ、サタデイ・イヴニング・ポストといったところの記者や批評家たち。カナッ ペとシャンパンが7時から供され、試写開始予定は8時。

 7時半過ぎ、人混みをのがれ地上に出たプレヴィンは、サルバーグ・ビル入り口の石段で 一息ついていた。するとビルの前に停まったタクシーから、白いドレスの背の高い女性が現れ、足下がおぼつかない様子ながら、プレ ヴィンの居るところまで上がってきた。白の短い手袋をはめ、全体のアンサンブルは、ガーデンパーティでよく見かける、大きなグリーンの帽子でま とめられていた。

 女性が近づきその顔を覗いた彼は、たんなる喩えではなく、文字通り「血が凍りついた」。白い装いの女性はダン・デイリーだったのだ。

 酔ってご機嫌な彼はプレヴィンに言った、

 「ハーイ・・・・・・、一緒に試写に行きましょう」

 「私はとっさに頭のギアをトップに入れ替えた。もしダンがこんな格好で下へ降りて行ったら、彼の役者生命は木っ端みじんに吹っ飛び、新作映画はギターのピックほどにズタズタに切りきざまれ、スタジオは売り飛ばされて駐車場にされてしまうかもしれない。ダンのことは好きだし、役者として、ダンサーとして尊敬もしている。ホモセクシャルというわけではないが、彼に変わった趣味があるという噂はうすうす耳に入っていた。撮影の重圧から解放され、はめを外してちょっと飲み過ぎたんだろう。それでちょっと着てみたんだろう。言ってみれば趣味の問題で、まあ切手集めみたいなもんだ」

 プレヴィンは機転を働かせ、ダンに言った。

「あなたを待ってたんだよ、ダン。記者が何人かインタヴューしたがってるんだ。人が少ないところの方が都合が良いんで、あなたをつかまえて、上のオフィスに連れてきてくれるように頼まれたんだ。良いかい?」

 上階に連れて行ったプレヴィンはダン・デイリーを最寄りのオフィスに押し込め、「すぐ戻るから」と言い残し、「オリンピック記録を破るほどの」速さで試写室に駆けつけると、ライフ誌の批評家と懇談中だった広報部門の責任者、ビル・ゴールデンを見つけ出します。

「ちょっといいかなビル」

「今はダメだよ」

「ビル、いますぐ、耳に入れておきたいことがあるんだ」

批評家にすまなそうな身振りをしたビルは私の方を向いて、いらだちながら言った。

「ほんとうに大事なことなんだろうな、アンドレ!!」

警告も耳に入らなかったし、笑いを止めることもできなかった。人をかき分け、喘ぎながら、ようやく混み合った部屋を抜けると、ついにこう伝えたのだ。

「ダン・デイリーを上のオフィスに押し込んでおいたんだけど、白いドレスに、ハイヒールを履いて、緑の帽子をかぶってるんだ。これって大事なことに思ってもらえるかな」

ビルは口を開け、トムとジェリーのようにあわてていたが、一見すると、ぼんやりしてタバコを一服しているだけのようだった。

 その後はあっけないものだった。ビルは部下を連れてダンを探し出し、冷たいシャワーを浴びさせ、ブラックコーヒーを無理やり飲ませ、衣裳部から持ってきたスーツに着替えさせた。上映が終了する頃にダンは姿を現した。多少シュンとしたところも見受けられたが、こざっぱりとした様子で愛想もよく、遅刻をわびていた。

我々はその後、この出来事を二度と口にすることはなかった。


2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

いつも興味深く拝見しています。「いつも上天気」は大好きな映画です。ダン・デイリーが偉い人たちを前に泥酔して歌い踊るシーンを彷彿とさせるエピソードですね。

OmuHayashi さんのコメント...

 お読みいただきありがとうございます。

 ダン・デイリーに女装趣味があるとは、私もプレヴィンの本を読んで初めて知りました。
 今でもそうですが、さすがに55年前ですから、いくらなんでもまずいでしょう。切手収集と一緒にしてはいけません。

困ったおじさんですね。

ではまた。