「マキシムでの撮影は悪夢でした。凍えそうなスケートリンクから熱気に満ちたマキシムのサロンへの移動で、ヴィンセントはひどい風邪をひいていたのです。
エントランスの通路からダイニングまで人で溢れかえっていました。照明器具やケーブルや音響設備を設置する技術者、ウエイターの持つお盆より大きな帽子をかぶり、イヴニングドレスを着たレディたち。メイク係が紳士方の額の汗をぬぐうなか、けたたましい音楽が何度も繰り返され、混乱に拍車をかけていきます。
ヴィンセントは端にいて、ルイと私の来店シーンを何度も繰り返させます。演技はきわめて簡単なものです。給仕長が先導してテーブルの間を縫って進み、私たちをテーブルに着かせるとメニューを差し出すだけです。
ヴィンセントが何に不満でイライラをしているのか誰にも判りませんでした。ついに彼は怒鳴り出します。
『誰かその男にメニューの持ち方を教えてやれ!!』
気まずい沈黙が流れ、第一アシスタントが耳元でささやきます。
『ミネリさん、この人はマキシムの本物の給仕長です』」
ハリウッドに戻った後も足りないシーンが撮影されていきます。レスリーのナンバー”I Don't Understand the Parisians”もクローズアップを撮影するためスタジオにリュクサンブール公園に似せたセットを作り、池には白鳥も二羽浮かんでいました。
「ヴィンセントは私にナンバーの最後の部分を何度も繰り返し演じさせます・・・・三回・・・五回・・・十回・・・・。私にはどこがいけないのかどうしても判らないのです。聞いても何か言いたそうな表情を浮かべるだけで、判で押したように同じ言葉を繰り返すのです。
『もう一度やってごらん、エンジェル』。
私は訳がわからなくなり、吐き気さえ催して来ました(当時は娘のジェニファーを身ごもっていたのです)。
十九回目のテイクの後、ようやくヴィンセントは大声で言いました。
『カット! よくできた!』
勝ち誇ったような笑顔で彼は私の方を向きました。
『白鳥が素晴らしかった』
白鳥がライバルとは思いもしませんでした。」
ある時点から、レスリーとミネリは親しい友人となります。彼女は孤独なミネリの家をしばしば訪ね、母のいないライザのため、初デートでは彼女にお化粧をしてあげる存在になったのです。
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