2008年3月10日月曜日

フレッド・アステア その15 「上手い?」-1

「フレッド・アステアは上手いのか?」

と書けば、「何をいまさら」と怒られるかもしれない。確かにアステアのダンスを評するには、「上手い」とか「すばらしい」という言葉以外見当たらない。「上手くないと思っているのか」と反問されれば、やはり「上手いです」と答えざるをえない。

 でも、「上手い」というのは他に適当な言葉がないからそう表現するだけであって、「皆が誉めているアステアの素晴らしさは、単なる上手さとは実は少し違うところを指しているのではないのか」というのが正直な気持ちである。この「単なる上手さではないが上手いとしか言いようのない」ところをなんとか言葉にできないか。それがこの項の目的である。

 アステアが当時にあってそれぞれのダンスの分野でナンバーワンであったかというと必ずしもそうではない。たとえば、ヴォードヴィルの百科事典”Vaudeville, Old and New: An Encyclopedia of Variety Performers in America ” で著者は、タップやボールルームダンスにおいて当時のダンサーたちが彼を最高の踊り手とは考えていなかったと書いている。

 では何に優れていたのか。

 アステアは男女二人の踊りがたんなる身体運動ではないことに気づき、二人の性格や様々な感情が観客や批評家に理解し納得できるようなダンスをした。他のダンサーはどうか。たとえばタップダンスなら、鋭いリズム感や歯切れの良さ、速さ、エレガントな姿、さらにはステップの組み合わせの斬新さなどに気を配り、プロ同士の評価を優先させていたという。

 また具体的なテクニックとしてアステアは、タップやボールルームダンス、アクロバット、プロップ等の様々な要素を取り入れ、混ぜ合わせるとともに、一つのダンスの中でスタイルやテンポを何度か変え、観る者を退屈させないようにした。

 これがアステアをして他の追随を許さない評価を得さしめた理由だという。

 「観客や批評家に理解できるダンス」には「なるほど」と納得しながらも、これは「上手さ」を同じ平面で少しずらしただけのことを語っているように思える。つまり踊り方の戦術や戦略みたいなものであって、私が冒頭で掲げた疑問にたいする答えとして期待するものとは少し違う----そう思えるのである。


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