上は”Cheek to Cheek”
下は"Dancing in the Dark”のシド・シャリース。
どちらものけぞりながらアステアに身を任せている体勢。一見似たようだが、微妙にちがう。
何がちがうか。
アステアの腕にかかる重みである。どちらも物理的な重みは大して違わないが（・・・・たぶん）、アステアの感覚としてはジンジャーの方が重い。なぜか。ジンジャーの方がより完全に脱力して身を任せているからである。
脱力した体の重みは支える者の腕により深く浸透して行く。ぐっすり眠った赤ん坊と、起きているときの赤ん坊を抱いてみれば、その違いがわかる。脱力して任せきった体は、どこかセックスのときの無防備な姿を匂わせ、二人の体は溶け合う。
シド・シャリースはのけぞるときに頭部の方向に体軸を少し伸ばすような体の使い方をしている。美しく見せるためにはこの方が良いが、結果として体に多少の力が残り、自分自身を支えてしまう。アステアに完全にまかせきることができない。
シド・シャリースはダンサーとしてジンジャーより訓練された身体を持っている。しかし、訓練された体は自身を最後まで支え続け、結果として相手と溶け合わない。互いの身体は斥け合い、アステア=ロジャースの癒合した体から生まれる、えも言われぬ陶酔感が生まれない。
訓練されたダンサー同士からは「素晴らしいダンス」は生まれるかもしれないが、観客の胸を直に刺激するエロティシズムに乏しくなる。
鍛えることの難しさはここにもある。
ジンジャーにはさらに大きな役割がある。
”Cheek to Cheek”を踊り終わった直後の二人。
この写真一枚ではよく分からないので、DVDでこの場面を見直してほしい。
二人のダンスに観客は陶然としている。一方、踊り終わってうっとりとした彼女はアステアを見つめる。ダンスにうっとりした観客は、うっとりとしたジンジャーを観ることで映画と同調し、何の違和感もなくその後のストーリー展開へ引き込まれていく。このときのアステアの言動はただ脳天気なだけである。
ジンジャーは常に地に足をつけ、観客の気持ちを一身に引き受け、映画（アステア）と観客の接点－－－インターフェース－－－の役割をになう。二人のコンビにおける彼女の重要な役割である。
よくジンジャーの踊りはさして上手くないと書かれることがある。確かに純粋なダンスの技術のみを取り出せばそうかもしれない。しかし彼女のダンスには必ず素晴らしい表現力が加わっている。技術の不足を補って余りある表現力。そこからダンスの技術だけを分離してどうこういったところで現実には何の意味もない。
これだけの美貌と表現力を兼ね備えた人に、更にこれだけ踊れる力が備わっていることだけで、稀有なことだと言わざるをえない。
美しさ。類まれな表現力。脱力し腹に重みの落ちた身体。
二十代のジンジャー・ロジャースがまだ若い三十代のアステアと出会うとき、銀幕上に仮想の身体は溶け合い、観客の想いは引き込まれる。
アステア=ロジャース
時の創った贈り物である。
4 件のコメント:
「フレッド・アステア論」、とても興味深く読ませていただいています。
私も映画を繰り返し観るたび、ジンジャーの美しさ、うまさを実感させられます。しっとりしたエレガントなナンバーも素敵ですが、二人の軽快でコミカルなナンバーも大好き！特に、ジンジャーの魅力がよく引き出されてると感じます。
ジンジャーへの賛辞：
"Ginger Rogers did everything that Fred Astaire did. She did it backwards and in high heels."
は、アステア大好きな私も「その通り」とうなずいてしまいます。
それにしても、アステアとジンジャーには恋愛感情は本当になかったんでしょうか…。アステアの自伝を読んでも触れられていないですし。むしろ、共にこれだけの時代を築いたパートナー、ジンジャーのことを意外なほどサラッと書いているあたり、逆に「実はなんかあったのでは～～？？」と深読みしてしまう私です。。。
お互いプロ同士、恋愛感情に浸っている場合ではないのかもしれませんが、二人のロマンティックなダンスから漂う香りには、何か特別なものを感じ得ません。
アステア論、毎回楽しみです。ファンとしてはできるだけ長く続けていただけるとうれしい！！！
takkoさん、今晩は。
いつもお便りありがとうございます。
お読みになったかもしれませんが、「ジンジャー・ロジャース自伝」には、ニューヨーク時代に二人がデートをして、別れ際にかなり濃厚なキスをしたと書いてあります。そう書くくらいですから、実際はもっと深い関係があったとも考えられます。
ハリウッドに移ってからは互いにそんな状況にはないでしょうが、昔の気持ちの残り香がなんとなくあったのかもしれませんね。
それと今、確認するために同書を読んでいたら、カジノで二人が初めてダンスをするときの様子が書かれているのに気付きました。
ステージでは上手く踊っても、プライベートで踊ると下手な人を数多く知っていたので、ジンジャーは少し心配していたようですが、アステアにはそんな心配は必要なかったようです。
「私は彼の腕に自分をあずけ、彼の足を信じていればよかった」と書いてあります。
この頃から二人のダンスは相性が良かったようです。
ではまた。
ジンジャーの自伝は読んでいないので、その事実は初めて知りました！！どこかで聞きかじったのですが、ジンジャーの母親がアステアとの仲が進展することを快く思っていなかったため、アステアのアプローチむなしく二人が恋人になることはなかった、とか…。
真偽はわかりませんが、あのケミストリーには特別なものがありますよね。
私はいつも二人を見るとき、厚かましくもジンジャーに自分を重ね、アステアと踊る自分を夢見てたりします（*^_^*）かなうことのない、私の一番の夢です。
遅い返事で失礼。
夢見るのはファンの特権です。
でも反対にアステアに自分を重ねてジンジャーと踊りたいと思う男性というのはあまり聞いたことがない。
いますかねえ？
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