彼女はケリーについて多くの言葉を費やしています。
「 ジーン・ケリーは素晴らしいダンサーで完璧なリズム感をもっていましたが、そればかりではありません。頭が良くて、リーダーの資質に富み、実際に皆を指揮するのも好きだったのです。パートナーの能力を推し測り、どうすればその魅力を最大限に引き出せるかを知っていました。映像の構成力にすぐれ、カメラが動くとどう映るかもわかっていました。撮影機器の技術的な側面にも詳しい知識を持っていました。」
「 振り付け家として創造性に富み、斬新で、ダンサーというよりむしろスポ-ツマン的な面が強かったと思います。彼が求めていたのは優雅さではなく、今を生きる者の肉体表現だったのです。
カッとしやすいところもありましたが、同時にフェアで、抑えた態度で良いところを指摘してくれました。悪い部分の指摘は鋭く、直截的で、何らの言い訳も許しません。彼の叱責をスタジオ中の誰もが恐れていました。」
「幸いなことにリハーサルのほとんどは二人のアシスタントによるものでした。彼の言動は人を励ますものでしたが、ジーンの前ではたぶん私は自信を失っていたことでしょう。」
冷房のない当時、夏になるとリハーサル室は灼熱地獄のようになりました。
「それでもまるで工場労働者のように8時間そこにいないといけませんでした。自分の仕事が終わりいつ帰っても良いような時であっても、ジーンは良くこう言っていたものです。
『何時に仕事に入り、何時に帰宅したか記録されている。それで8時間。そうやってスタジオは動いているんだ』」
ある朝遅刻したレスリーはケリーから注意されます。
「どうしたんだ、目覚ましが聞こえなかったのかい」
「ごめんなさい、私・・・・・・・・目覚まし時計を持ってないんです」
「持ってない? あのね、言っておくけど戦争は終わったんだよ、お嬢ちゃん。そのへんのドラッグストアにいけばすぐ買えるんだよ」
この言葉をきっかけに彼女は、フランスでの経験にとらわれた考えを脱し、アメリカにある無限の可能性に気づいていくのです
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