2008年1月22日火曜日

フレッド・アステア その5 「細部に宿る」

 もちろん、人間の体は筋肉を使わず骨だけでは動きません。しかし、動作時に骨を直接動かす意識(または無意識)を持つことで、無駄な筋肉の緊張が起こらずリラックスした動きが生まれます。また骨を意識することで、普通一つの「かたまり」と考えられる体の部位をいくつかに細分化し、それぞれを別個に動かすことも可能になります。これら無駄な力の抜けた動きが、アステアらしい浮遊感や柔らかさのもととなるのです。


 少し具体例を挙げてみましょう。

 といっても、ここから先を考えるには解剖学の知識が少し必要になります。煩わしくならぬようポイントだけ書きますから、図も参考にして頭に入れておいて下さい。

  1. 「手のひら」はひとつの固まりのように見えるが、実は小さな骨(手根骨と中手骨)の集合であり、部分部分を分離して使うことが可能である。
  2. 腕は肩の端から指先までではない。実際に動かす場合、鎖骨や肩甲骨から指先までを腕と考えた方が動作を理解しやすい。
  3. 肩甲骨は肋骨が形成する胸郭の表面に乗っているが、直接肋骨に固定されているわけではない。周囲の筋肉とつながっているだけなので、リラックスさえしていれば肋骨の表面を滑るように移動させることができる。




まずは1の手のひら。

 映画「ブルー・スカイ」から”Puttin' on the Ritz”


 ちょっと小さくてわかりにくいですが、小刻みに両手の指を動かす動作です。単に指だけでなく、手のひらの部分にある中手骨を一つ一つ分離させて指と同様に動かしています。

 指と手のひらの骨を分離して滑らかに使っていくこの特徴が明らかになるのは、ダンスばかりとは限りません。



  これは「パリの恋人」のワンシーン。


 書棚から乱雑に放り出された本をオードリーと整理している場面です。書棚の反対側に据えたカメラの前にアステアの手が現れます。まるで本を指でつまみあげるような動作。書籍の重さを支えるには頼りないほどの持ち方ですが、それが柔らかさと軽さと繊細さを兼ねそろえた動きを生み出し、観る者を魅了します。


 日常のわずかな動作にさえ表現されるアステアらしさ。
まさに「アステアは細部に宿る」です。


2 件のコメント:

takko さんのコメント...

はじめまして。
フレッド・アステアが大好きな私。偶然こちらのサイトに出会いました。他とは違った身体性に注目したアプローチがとても面白く、一気に読ませていただきました。私も趣味で踊っているのですが、アステアの「骨」については考えたこともありませんでした…。「なるほど~」と目からウロコです!

もっともっとアステアについて知りたいです!!!

匿名 さんのコメント...

takkoさん、いらっしゃい。

お読みいただきありがとうございます。

アステアは身体運動の秘伝の宝庫のような人なので、わかったことはできるだけ書いていこうと思います。ただ、私自身はダンスの経験はないので、踊りの具体的な技術は書けません。

私が書けるのは基本的な身体運動についてだけですが、これにはそれなりの裏づけがあるつもりです。
もっとも、正しいかどうかは証明のしようもないので、まあ、話半分、眉に唾をつけながら楽しんで読んでいただければと思います。

ではまた。