2010年10月20日水曜日

ディアナ・ダービン その9 「一筋縄ではいかない」

 ガルボやディートリッヒの写真を見た後で出演映画を見ても、写真のイメージがそのまま動いているという印象を受けるだけで、格別の違和感はありません。

 しかしディアナ・ダービンの場合はそうではありません。彼女の写真の後で映画を見ると、「想像していたものとはかなり違う」と感じられます。妙に歯切れの良いセリフ、腰の据わった落ち着き、ごく自然な動作---これらはディアナの写真から受ける明るく無邪気な印象だけからは予測しにくい事柄です。ディアナの写真から想像するものと実際の映画で動く姿との間には、「乖離」と言うには大げさだが、「写真だけでは分からないものだ」と思わせる多くの要素が横たわっているのです。












 ディアナ・ダービンの顔の仕組みはディートリッヒやガルボとはかなり異なっています。彼女らのように周囲を圧倒し、対する者をひれ伏させるような目の重みは存在しません。その代わり、上の写真、緑色の部分の奥に非常に強い何かが存在し、そこから溢れたものがまっすぐ前方に放射されています(下の写真)。











 この「まっすぐ」であることは単に方向がまっすぐ前を向いていることだけを意味しているわけではありません。「まっすぐ」であることは、大衆に広く受け入れられるディアナの人気の強い浸透力の源泉です。さらに、どんな役を演じても純粋で、天真爛漫で、正直で嘘のないと感じられる彼女のイメージの質をも説明しているのです。

 彼女の顔は一見単純です。多少肉厚の顔に輝く笑顔と、上記の放射が重なるとすべてが説明できそうに思われます。

 しかし実際はそう一筋縄ではいきません。

 彼女の顔を正面から見ると、表情に隠れて非常にわかりにくいのですが、鼻の奥からのどや食道に向かって何かを飲み込んで行くような力の流れが存在しています。この流れは彼女の腹に達し、かなりの重みを作っています。しかしこの腹の重みは、ガルボやディートリッヒのように「相手を引き込み捕獲してしまう装置」として働くのではなく、より実際的な「行動する人間としての重み」を形成しているのです。


 次の映像を見て下さい。

 注釈がないので、いつ頃の映像か明らかではありませんが、話の内容や登場人物から推定すると、「天使の花園」の続編として撮影された、「庭の千草」(”Three Smart Girls Grow Up” 1939)封切り前後のインタヴューではないかと思われます。

 注目していただきたいのはディアナの「物腰」です。いやに落ち着いて物怖じしない態度、挨拶の歯切れの良さ、話した後に周囲に目を配り、ファン?と握手するときの自然さ---自由に振る舞っていながら嫌みが無く、他の人の邪魔をしている印象もない、その物腰です。

 「庭の千草」公開時(19393月)とすればまだ17歳のはずですが、これは到底17歳の少女の振る舞いではありません。かなり世慣れた中年女性のとる行動です。それでは彼女が大人びて生意気だとか若さに欠けるのかというと、そんなこともありません。映画のディアナはあくまで純真で天真爛漫にも見えます。

 普通人間の雰囲気や性質を表現する個々の要素はいくつかが「セット」となって存在します。たとえば、腹が据わって落ち着いた人は喜怒哀楽の表現に乏しいとか、表情が豊かで感情表現に富んでいるが、人間としての重みにかけ、頼りないとか。個々の要素は本来別々で、相互に独立して存在しても良いはずですが、特定の要素同士がグループ化されているのが普通です。それが人間のタイプとして類型化されていくわけです。

 しかしディアナ・ダービンは違います。彼女には普通の大人以上に腹が据わり、落ち着いている面があるにもかかわらず、幼い子供のような周囲を和ませる朗らかさや明るさ、天真爛漫さが同居しています。本来別のものだが、一般には相互にワンセットになっている個々の要素の癒着を引き剥がし、普通にはあり得ない組み合わせで成り立った身体---それがディアナ・ダービンという希有な存在の本質です。

 より有り体に言えば、この人は「少女のふりをしたおばさん」なのです。


4 件のコメント:

ネコムヒ さんのコメント...

はじめまして、こんにちは。
視点も人選も興味深く読ませて頂いております。知らないエピソードが多いのですが海外の新旧出版物などを考察されているのでしょうか?

ディアナ・ダービン・・・
当時のティーンは現代とは比較にならないほど落ち着いていたと思われるのですが、それと比較してもやはり堂々たる振る舞いなのでしょうか。
あまり考えた事もなかった事です・・・当時の映画以外の映像ではジュディ・ガーランドやミッキー・ルーニー辺りしかティーンの動きを見た事がありません、確かにその2人と比べると落ち着いていてまるで皇室の方の様にも思えてきました。

今後も気になります、楽しみにしています。

OmuHayashi さんのコメント...

ネコムヒさん、今晩は。
お読みいただきありがとうございます。

 事実関係について書くときには、情報の誤り、偏りができるだけないように、少なくとも二、三冊の本と、ネット上の情報を参考にして書くよう努めています。
 ただ、ディアナ・ダービンの場合、本人の意向もあってか伝記や自伝が出版されていません。その上、本によって内容に食い違いのあることも多く、後は常識から判断して、どちらがより妥当かを考え取捨選択していくしかなくなります。

 生い立ちや契約の経緯については、元の資料を直接調査する研究者ではないので、多少の誤りは仕方がないかと思っています。

 「落ち着き」についてですが、当時の十代を基準に考えても、この人の落ち着き方は尋常ではないと思います。このへんのディアナの人格と、その後のキャリアやファンとの関係について、これから何とか書いていきたいと思っています。

ではまた。

匿名 さんのコメント...

OmuHayashiさんこんにちは。
考察工程を教えて頂きありがとうございます。

原書で自伝・伝記を読み込んでいけるのは本当に羨ましいです。ミュージカルファンにとっては涎の出そうな価値ある本棚になのではないでしょうか。

ジュディ・ガーランドとライバル関係だというのにディアナさんの相手役といえば誰なのか、ヒット曲はあるのか、何歳頃まで活躍したのか、全く知りません。名前はとても有名だと思うのですが・・・

何となく合唱団の一員的なイメージなのです。清楚なのでしょうか。
セクシーな衣装を着た彼女は想像できないので「尋常ではない落ち着き」と共に「その後」が気になります。

楽しみにしています。

ネコムヒ さんのコメント...

すみません、匿名で送信してしまいました。