2010年2月25日木曜日

ジュディ・ガーランド その21 「本態」

 一般に歌手ののどが老齢などを理由に衰えると、それまで即座に出せた音が時間をかけないと出せなくなります。ある音程の音にたどり着くまでに、その音符 よりいくらか低い音から始まって---実際にはわずかな時間でしょうが---ゆらゆらと本来の音程まで昇っていくのです。この「ゆらぎ」が聴衆には非常に 不安定な印象を与えると共に、そこに生じるタイムラグがリズムやテンポを狂わせ、歌を一層聞くに堪えないものにしていきます。

 しかしジュディ・ガーランドの場合、そうはなりません。確かにのどは衰え声はよれよれになっていますが、音程やリズムはさして狂っていないので す。声は弱々しいながらも歌の「形態」として崩れがないため、聞く者は彼女の歌の世界にスッと入って行けます。その結果、彼女の歌からあらゆる夾雑物や装 飾を取り除いた果ての「ジュディ・ガーランドのエキス」とも言うべきものを聴衆は味わうことになるのです。

 彼女が元気なときに陥りがちな、声量いっぱいに張り上げる「悪癖」もありません。横隔膜上の奥まった一点から、音の一つ一つを聴衆の心に そっと「置いていく」とでも表現したい歌い方。これこそ歌の心を文字通り聞く者の心に伝える歌唱です。音符と一つになった言葉の「単位」が重 みを持ち、聴衆の胸に沈んでいきます。


 彼女の身体が衰えた後に、なお残る歌の本態。

 「上手さ」の極北がここにあります。




0 件のコメント: