2009年11月15日日曜日

ちあきなおみ その8 「深化」



「冬隣」


 淡々と歌っているため、かえって彼女の歌唱の秘密がよくわかる。

 それまでと何が違ったのか。


 まず気づくのは、前期と比べ心と体が完全に体幹部優位に落ち着いたことである。この映像の場合なら、首の上下で意識の濃淡が1:9位の割合になっている。当然歌の重心も下がり、声域は横隔膜を超え腹にまで及ぶ。時折顎から腰までをククッと揺らすのは、腹を効かせるときの仕草である。

 こういった変化に伴い、歌は安定を伴いながら「深化」し、その深みのレベルは他を寄せつけない。


 左右の胸部を中心に幅広く分布する副声域は、磨りガラス状の柔らかさで、安定した主声域や重心とともに、彼女の声の豊かさを形作る。


 さらに特筆すべきは歌の重心の位置である。


 人にはつらい思いや悲しいできごとを思い浮かべたときに「グッとくる」体幹部のポイントがある。丁度、みぞおちから4-5cm上方の胸骨上(胸骨の下端付近)である。実はちあきなおみの歌の重心はここに重なっている。そのため、彼女が歌うたびにこのポイントが揺り動かされ、悲しみやつらさが体現される。聴衆は、共鳴により同じ現象を自分の身体に再現し、悲しみやつらさを感じ取る。結果として、彼女の歌には常に悲しみやつらさが影のように寄り添う。


 誰にも真似できない、ちあきなおみならではの特性である。




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