2011年9月23日金曜日

杉村 春子 その3

 これまでいくつかの項で書いたように、歌唱や演技が腹を中心に行われると、そこには深み、落ち着き、信頼感、強い意志や怒りと言った要素が表現されるようになります。対照的に、胸を中心に行われると、歓び、悲しみ、悲哀、優しさなどの感情が、観客へ直かに、自然なかたちで伝達されていきます。杉村春子はこの胸と腹の使い分けが非常に上手く、しかもそれぞれの要素の作りが強力であるため、明瞭に伝達されるうるという特色を持っています。

 もう少し彼女の身体全体を見ていきましょう。

 画面や舞台に登場した杉村を見た瞬間、観客が直感的に受ける感覚とはどんなものでしょう。小津作品で彼女は気さくな親戚のおばさんとして良く登場します。それではそういった時の明るさ、さっぱりした物腰、親近感などでしょうか。
確かにそういった感情をわれわれが呼び起こされるのも事実です。しかしそれは、あくまでそのような役を演じている上でのこと。もっと奥深くに、役柄を越え、「演技者 杉村春子」としての存在と、それによって、観るものを揺り動かす情動があります。

 それは何か。

 厳しさとそれに伴う周囲の緊張です。

 杉村の体には明らかに中心軸が存在します。しかしそれはバレリーナのように体を訓練して作り上げたものではありません。おそらく、生来備わっていたと思われます。中心軸と言っても体の背側に近く、「背骨」と言っても良いような位置にあります。この軸が文字通り「バック・ボーン」となってこの人を支えています。この中心軸が確固として存在する時、周囲の「場が締まり」、ある種の厳格さや威厳に支配されます。その結果、周りの人々は「緊張」を味わいます。役者、杉村春子はこのようにして演技の場を支配し、観客を絡め取っていきます。

 しかし、もう一つ重要な要素があります。腹です。軸のように表立ってはいませんが、彼女の腹はしっかりとして安定感があり杉村の存在を裏から支えます。その結果「厳しくはあるが落ち着いて、信頼できる」存在としての杉村春子の骨格が出来上がります。

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